2021年9月6日月曜日

2021年8月読書記録その他

【本】

・表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 若林正恭

 あちこちで褒められているので期待して読んだが、芸能人の書いた内容の薄い紀行文といった趣き。特に感心しなかった。人は新自由主義を知ると何もかもをそのせいにしてしまう時期を経る。

・星条旗の聞こえない部屋 リービ英雄

 中編3本の連作。先月に続いて日本語を母語としない作家による日本語小説。ベンと安藤の関係の妖しさに惹かれ、裏路地で生卵を盗み食うゴールデン街の給仕が印象に残った。帯にあるリービ英雄の不健康そうな容貌が始終チラつく。

・ロミオとジュリエット ウィリアム・シェイクスピア(松岡和子)

 出会いから恋に落ちるまでのスピード感についてゆけず。が、乳母を使いに結婚式の段取りをするあたりから、畳み掛けるような展開で二人の死までを一気に読まされた。訳者あとがきにある通り「喜劇のただなかを愛の悲劇が全力疾走してい」た。

・エレクトラ ソポクレス(松平千秋)

 タイトルの通り、アルゴス王家復讐劇。エレクトラ(娘)‐クリュタイメストラ(母)間、エレクトラ(姉)‐クリュソテミス(妹)間のレスバがよい。

・砂男/クレスペル顧問官 エルンスト・テオドール・アマデウス ホフマン(大島かおり)●

 面白い。「クレスペル顧問官」は芸術と現実の狭間で葛藤する奇人の立ち回りに引っ張られて気持ちよく読め、特によかった。

・穴あきエフの初恋祭り 多和田葉子●

 寝る前に一話ずつ読んだが、面白くてするする読める話と退屈な話の両方があって、話の性質によるものか私のコンディションによるものかはわからない(たぶん前者)。面白い方の話は、こういうの読みたいんだよなあという感じ。通俗性は全体に低く保たれる。

・女のいない男たち 村上春樹

 リーダブルで面白いが、自己模倣したような文体(特に人物の発話)を鬱陶しく思いもしたし、全体にミソジニック。「木野」が怪談じみていて特に面白かった。

・クリトン プラトン(藤田大雪)

 『ソクラテスの弁明』の続き。義に反する行いはしてはいけない、というだけのことを言うために、長々と問答を繰り返す男ソクラテス、そりゃ刑に処されるよ、と思ってしまう。

・彼岸花が咲く島 李琴峰

 終盤、島の歴史が明かされる箇所で一気に安っぽくなるのが苦しいが、そこに至るまでの過程は、主人公の記憶喪失、島の歴史・風俗を巡る真相に引っ張られ、面白く読めた。

・正義論:ベーシックスからフロンティアまで 宇佐美誠 、ほか

 ベーシックス(第一部)のみ読了。分野のこれまでの議論を概観できた。個別の論点・理論については本書の説明だけでは理解しかねる部分も多く、他書を参照する必要がある。

・正義とは何か―現代政治哲学の6つの視点 神島裕子

 各種イズムのロールズとの対比等勉強になる部分も多かった。著者の、理論や論者に対する所感をさらっと言ってのける語り口は面白い。前提知識のない者が読んでも何のことかほとんど把握できないであろう説明のさらりとした箇所が多く、新書判ではあるが分配的正義を知るための一冊目には向かないと思う。

・これからの「正義」の話をしよう マイケル・サンデル(鬼澤忍)

 事例ベースで話が進むので、各理論(家)の見解の分水嶺が見えやすく、面白く読めた。一章分の紙面を割いてのカント義務論の解説はわかりやすい。自由と選択の倫理を説くリベラリズムとの対比で共通善の必要性を訴える議論は説得的で、真の争点がテロスや美徳にある問題も少なくないという点には納得したものの、コニュニタリアニズムによる実践的提案の具体性はあまり見えてこず、またわたし個人の価値観には馴染まなかった。

【映画】

・ミス・アメリカーナ ラナ・ウィルソン 2020

 テイラー・スウィフトがポリティカリー・コレクトなことを公言するようになるまでの軌跡。Twitterでリベラルたちが絶賛していたが、特に面白くはない。

・ロープ アルフレッド・ヒッチコック 1948

 ややハラハラしながら面白く見られたが、卓越者の殺人についての問答に時代を感じる。クロースアップで繋いだワンカット風の作りは『1917』を思い出した。映画はこのくらいの長さ(80分ほど)がよい。

・ヴェノム ルーベン・フライシャー 2018

 マーベル・コミック「スパイダーマン」に登場するヴィラン・ヴェノムを主人公にしているが、マーベル・スタジオ制作ではない。Twitterでファンアートが流れてくるのでエンタメとして相応に面白いのであろうと思っていたらつまらなかった。トム・ハーディはセクシーだが、全般にキャラクタに魅力がない。エンドロール後によくわからないシーンが差し込まれたが続編を作るつもりなのか。

・イン・ザ・ハイツ ジョン・M・チュウ 2021

 歌と踊りの比率が高く、いつまでも話が深まらず散らかっているなと思ううち終わった。ラテン系に対する米国内での人種差別を批判的に扱っていてポリティカリー・コレクトなのだが、提示の仕方が雑で(頻回で散漫なためわざとらしい)失敗の印象が強い。車座になって年長者が子どもたちに昔語りを聞かせる導入にうんざり。世評は高いらしい。

・殺人狂時代 岡本喜八 1967

 ド近眼でマザコンの大学講師、美人ミステリ記者、車泥棒(大友ビルという名前がよい)の三人が、妙な技を使う殺人者たちと喜劇的対決を繰り広げる。面白い。「きちがい」が連呼される。

・独立愚連隊 岡本喜八 1959

 カラッとした西部劇っぽい作りの娯楽映画だが、太平洋戦争時の日本軍の描写が苦手なため作品の内容如何にかかわらず好きじゃない箱行き。

・さびしんぼう 大林宣彦 1985

 昭和末期の尾道を舞台にした少年の初恋。良さはわかるんだけど、いや父、母のことそんなに大事に思ってんなら普段からちゃんとコミュニケーションとれや、など色々思う部分があり、時代を感じる。瀬戸内はいいな。

・カーライル ニューヨークが恋したホテル マシュー・ミーレー 2018

 大金持ちたちの宿泊するNYのホテルに関する語り。退屈で最後まで興味を維持するのが難しかった。

・少年と自転車 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ 2011●

 まさか最後まで自転車を探すのか?と思いきや、割合すぐに見つかる。見つからないのが『自転車泥棒』(ヴィットリオ・デ・シーカ)。ダルデンヌの映画に出てくる苦境に立たされた主人公の内包する妙なパワー(頑なさ)には毎度釘付けになる。苦しい。

・アフガン零年 セディク・バルマク 2003

 女だけになった家族を養うために少年のふりをして働きに出る少女。タリバンによるカーブル陥落のニュースを受けて見たのだが、アフガンもの、似たような設定が多くないか?

・ドライブ・マイ・カー 濱口竜介 2021●

 優れた翻案で3時間があっという間だった。ラスト近辺、雪中の2人のやり取り・演出に関しては、劇中劇での台詞他があればそれで十分で、蛇足なのではと感じたが、総じて素晴らしかった。「ワーニャ伯父さん」を読んだうえで鑑賞したい。カンヌの脚本賞は適切。

・山椒大夫 溝口健二 1954

 高貴の女(田中絹代)が娼婦になる流れに既視感が…と思ったら、『西鶴一代女』だった。山椒大夫の髭、ツンツンすぎでは。

・浮草 小津安二郎 1959●

 大映制作の小津安二郎。前近代的風景の残る島のあちこちでの良ショットが連続し、それだけで見ていられる。雨の中、道を挟んで向かい合う軒下で雨除けをしながら夫婦二人が睨み合うシーンがあまりにもよかった。天才じゃん。

・メアリーの総て ハイファ・アル=マンスール 2017

 『フランケンシュタイン』のメアリー・シェリーの伝記映画。勉強にはなるが映画的面白さに欠けていた。

・ミュンヘン スティーヴン・スピルバーグ 2005

 1972年に起きたミュンヘンオリンピック事件と、その後のイスラエル諜報特務庁(モサド)による黒い九月に対する報復作戦の映像化。情報提供者のフランス人とのコンタクトの取り方に少し笑ってしまう。

【ドラマ、他】

・密着! ネコの一週間 BBC

 集めたデータを見ながら研究者が「これは面白い」を繰り返すが、見る者にその面白さは伝わらない。猫は可愛い。